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20130526 She Sells~や小説の判断


 油画専攻の作品批評会に小説作品を公開した。A4のトレーシングペーパーを正方形に6等分して作り、1枚につき1つのシーンを載せ、全部で16枚の小話を綴じずにペラ紙のばらばらのページのまま、本として公開した。昨年度も書籍を製本し2作品を批評会に出したが、それは背表紙も小口側も綴じた「読めない本」と、ページに穴を開けて本文を読めなくした「読めない本」で、書かれた文章よりはビジュアルに寄った作品だった。今回は批評会2週間前に教授に下読みをお願いした。書き物とビジュアルが両立する五分五分の作品だったと思う。
 タイトルを『She Sells Sea Shells by the Seashore』という。「僕」という、私ではない他人が語り手である。
 小説においてなぜそういう言葉を選択したのか、書き物をするときどういう取捨選択が自分の中で行われているのか。そういう評だった。評というよりも提示だった。判断基準を聞いてみたいと教授は言った。私は、感傷的になり過ぎないことだと答えた。ネガティブやセンチメンタルに引っ張られないように気をつけていると答えた。
 ぐちぐちとした内省、センチメンタル、悲しみの膨張のままに書くのを避けたいと思っている。なるべくなら無味に近いフラットな文章を書きたい。お涙頂戴は感動への近道だろうけど、私はお涙頂戴を書きたくない。かといって愉快痛快な活劇も書かないのだが。
 登場人物は実在の人物ではなく、私でもなく、私とは別人格の他人である。私の内省をしても暗い方へ落ち込んでしまう気がして、それが嫌で、別の状況下の他人でろ過して、言いたい事を語りたい。だからいつも非現実的要素を含んだフィクションを選んで書く。(だからこの課題が結構苦手で、今度からは新聞を読む他人を規定してフィクションを書いてみようかとも思っている)
登場人物には自分と通ずる部分もあるし、自分には理解し難い部分もある。なぜこの反応をとるのか分からないことの方が多いし、出てきた言葉も登場人物の本心であっても私の本心ではない。でもまるきりの絵空事でもないつもりでいる。
 書くことについての判断は登場人物らの思考や状況下にもよる。私一人が小説を操作して書いている気がしない。小説の中で何が選択されているのか、私には全貌は分からない。最近は自分の作品を「自作品」と呼ぶのもためらわれる時がある。



   * * *



課題で毎週1つの文章を書く事にしています。
ブログにも掲載した方が張りあいもあるだろうと思い、時々公開。


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Yodaka YAMAKAWA

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